Skip to content

神経の不調から起こります。

Posted in 動脈, and 腰痛

DNAの塩基配列を調べ

後日届いたお嫁さんからのメールには、お義父さんが歩行器なしで歩けるようになり、食事も全量口から食べていると書かれていました。予想はしていたものの、それ以上の奇跡を生む健康食品です。ログの開始とコウノメソッド
の公開海南病院時代から私は、中日新聞で医療記事を連載したのを皮切りに、機会があると原稿を書いて単行本として発表するようになりました。医学の学会での発表にはあまり意義を見出さない私ですが、一般の人が読んで遠方から受診してくださるのはうれしいかぎりです。1997年には、最初の著書『痴呆症に負けない!』を中央法規から出版しました。この本を読んで、北海道から患者さんが見えたときには、海南病院の受付嬢が大騒ぎしたといいます。海南病院は地域の救急医療を支える大病院ですが、全国から患者さんを集めたのは私が初めてではなかったでしょうか。
共和病院時代には、インターネット上で認知症ブログを発表するようにもなりました。印象深い患者さんがいると記録を残す習慣をつけていたので、書く材料には事欠きません。
著効例が出るとどんどん紹介し認知症に関心のある全国の介護家族や医療·介護関係者の間で注目されるようになりました認知症ブログと銘打っているだけに、大半は認知症の治療に関する記事ですが、たまに趣味の模型製作やアウトドアライフ、グルメ情報、野球もちろん中日ドラゴンズ、サッカーもちろん名古屋グランパスの話題が織り込まれます。こうした話題で引きつけて、堅苦しい認知症の記事を読ませようというのが私の戦略です。
インターネットは匿名の世界なので、私が堂々と発言しているにもかかわらず、悪意のある匿名の書き込みが行われることもあります。しかし、温かく支援してくれるファンの皆さまのおかげで、毒づいた人が総攻撃を受けて炎上したこともありました。熱いコウノファンの存在には、心から励まされています。2007年からはコウノメソッドのネット上での公開も開始しました。これは認知症の薬物療法マニュアルで、全国の医師向けに私の処方をお教えしているものです。

  • 薬を高種類も飲んでいました。
  • ストレスに毎日さらされてい
  • 認知症の進行を止め

細胞の状態を見るしかない。コウノメソッド実践医は、コウノメソッドを公開してしばらくたった頃、ある介護者から「全国にコウノメソッドを実践してくれるお医者様がいればいいのに」と言われたのがきっかけで、呼称を思いついて募集をかけました2011年6月現在で、北海道から沖縄県まで約70名のコウノメソッド実践医が誕生しています。これらの先生方のおかげで、全国どこに住んでいる方でも、比較的近くでコウノメソッドが受けられるようになったのです。
咲きの開業で1人として生きる道を2009年7月に、名古屋フォレストクリニックが開業しました。
私は51歳で独立したのです。
私の同期には、大病院の幹部でマスコミでも高名な名医がいます2000年から施行された介護保険制度をわが国に導入する際には、年に4回ドイツに視察に行く役目を果たしたくらいの人物で、国を動かす人材といえます。
しかし私は、名医と呼ばれるよりも職人と呼ばれるほうが、自分に合っていて好きです。臨床にある程度の自信をつけたこともあり、日々の外来で患者さんの笑顔を見ることを生きがいと感じるようになりました。簡単な検査で短時間のうちに的確な診断を下し、奇跡のようにさっと改善させることを心がけています。勤務医時代の患者さんも、大勢ここに移ってこられました。
認知症ブログ
や講演活動、著書のおかげで全国各地から患者さんが受診されます。予約制なので行列はできませんが、たいそう繁盛しているといえる状態です。何歳まで続けられるかわかりませんが、この状態で最後までいきたいと思っています。
時間の初診で患者さんと仲良くなる方法私は昔からプラモデルの製作を趣味としてきました。
そのために戦艦、戦車、戦闘機はよく知っています。薬と違って

 

医師にお願いするかもしれません。

当然、旧日本軍陸軍、海軍の知識はあるので、ある程度以上の高齢者と戦争時代の話をすることができま高齢の男性患者が戦争をどう体験したかを推測するときに、一つの指標となるのが私の父の体験です。大正14年生まれだった父は、九州で演習をして、あと1年で外地へ出撃するところで終戦になりました。つまり大正13年以前に生まれた男性の患者さんは、外地へ出征した経験を持っているのです。
私は初診でも16分しか時間をかけませんが、そのなかで患者さんと仲良くなることができます。相手は認知症なのですから不思議に思われるかもしれませんが、認知症の患者さんでも自信のある分野はあります。多くの場合は生年月日を見て、こちらから適切な昔話を振れば、話に乗ってくれるものです。
戦史に詳しい人なら、名古屋の陸軍は第三、第四十三師団であったことを知っています。第四十三師団はサイパンで玉砕したので、「中国へ行かれましたか、南方へ行かれましたか」と尋ねて、南方であれば第三師団で生き残った人です。そのことを言い当てると、必ず驚かれます。もっと驚くのは、連れてきた家族です。
「うちのおじいさんがこんなに生き生きとしゃべるなんて」と驚いた表情で問診を見つめる情景が、私の診察室では日常化しています。
中国に行かれた人なら、大陸のどの辺りへ進攻したかを聞きます。
北支であれば「シベリアで抑留されませんでしたか」と尋ね、ビルマであれば「あのインパール作戦に参加されたのですか」と聞くのです。日本のために苦労なさった人ですから、ありがとうございましたと手を握ると、うれしそうな顔をしてもらえます。
乗っていた戦艦や駆逐艦の話になると、患者さんの目の色が変わりますが、私も大興奮です。認知症の患者さんと接するのであれば、昔のことを話題にできなければなりません。私は戦史に詳しいので戦争の話ができますが、若くて戦争のことが何もわからないのであれば、勉強していただきたいものです。認知症の患者さんと話すのに昔の話ができないのは、イギリスへ行くのに英語の勉強をしていないのと変わりません。昔の話題になると認知症の患者さんは安心してくれるので、介護する人は昔の話題を仕込んでおくべきです。戦争以外でも、お年寄りとの会話の糸口には事欠きません。
細胞の活動をオンにするスイッチが入るのです。
神経に支配
愛知県はものづくり王国なので、九州あたりから集団就職してきた金の卵がお年寄りになっているケースが少なくないのです。私はある程度九州に詳しいので、生まれ故郷の話を聞いてあげることができます。食べ物や名産品、苗字の特徴も各県でさまざまなので、そうした話題を振ると、お年寄りは心を開いてくれます。大切なことは、患者さんの人生に敬意を払うことです。それができなければ、しません。これは医療でも介護でも同じですが、治療やケアの内容を問う前に、る必要があります。
認知症の治療はなかなか成功向き不向きの問題として考え認知症専門医であればなおさら、患者さんから教わらなければ腕は上がりません。私に誇れる部分があるとすれば、必要なことはすべて患者さんから学んできたということです。その姿勢だけは、今後も変えずに生きていこうと思っています。

問題行動が激減する

コウノメソッドの実際アルツハイマー型認知症の脳の萎縮としは相関するはずだが認知症には、原因となる病気によってさまざまなタイプ病型があります。発症の頻度は、前のページで円グラフにして示しましたe-勢照。この章では、代表的な認知症の病型をどう見分け、どう治療していくかをお話しします。
認知症でいちばん多いのは、アルツハイマー型認知症です。

 

生活習慣やライフスタイルに合

私の見立てでは、認知症の全患者さんの55%がアルツハイマー型認知症で、脳血管性認知症と合併した混合型認知症を加えると、全体の62。5%の患者さんが脳内にアルツハイマー型認知症の病理組織を持っていると考えられます。
では、アルツハイマー型認知症の患者さんの脳内はどうなっているのでしょうか。次の図に、病型によって局所脳血流がおもに低下する場所の違いを示しました。ここでは因果関係をわかりやすくとらえるために、脳血流の低下は脳の萎縮によるものと考えてください。アルツハイマー型認知症では、萎縮する場所が2カ所に分かれます。
迷子になったり、言われたとおりに積み木を積むことができなくなったりする患者さんは、場所や空間を把握する頭頂葉の萎縮が強いはずです。一方、新しいことがまったく覚えられない患者さんは、側頭葉の内部にある海馬という記憶の出入り口部分が萎縮していることが予測されます。
このように、アルツハイマー型認知症の患者さんの脳の萎縮血流低下と症状は、ほぼ相関するものです。
脳の萎縮や脳血流の低下は、画像検査機器を使うと確認することができます。しかし、必ず画像検査でわかるかというと、そうは断言できないところに認知症診断の難しさがあります。アルツハイマー型認知症でいうと、おおむね6割の患者さんはアルツハイマー型の脳萎縮を示しますが、残りの患者さんは画像だけでは診断がつきません。なかには海馬の萎縮があまりない患者さんもいるのです。そのようなときに医師は、もの忘れの症状に振り回されている家族へ「海馬が萎縮していないのでアルツハイマーではありません。年のせいでしょう」と言ってはいけません。症状と画像が矛盾している場合は、症状を優先するべきです。
もっともポピュラーなアルツハイマー型認知症でさえ、画像による所見では4割が非典型例なのですから見分けにくい混合型、ピック病、レビー小体型認知症の診断はどうすればよいのでしょうか。その方法は順を追って説明します。
よく起こる医師の誤診と薬の誤用認知症の医療は、ほかの医療分野と比較すると歴史が浅く、まだ確立されたとはいえません。

薬この絶対信仰は揺らぐことがありません。

その結果、誤診や薬の誤用がよく起こります。問題の一つは、認知症の治療薬が少なすぎることです。特に日本では過去12年間、中核症状に処方できる薬がアリセプトしか認められない期間が続きましたが、これは異常事態と呼べる状況でした。
そのようなときでも、医師は患者さんを治していかなければなりません。認知症の進行を止め、BPSD問題行動が出ている患者さんを落ち着かせるのは、医師の務めです。幸か不幸か私は、若い頃から医療の裏街道ともいえる老年医学へ足を踏み入れたので、経験則で認知症を治せるようになりました。見かけだけは立派だが実質のない認知症の医学書に頼ることなく、目の前の患者さんを診続けてきたおかげです。

まだアリセプトがなかった時代から、私が怒りっぽい患者さんを落ち着かせるためによく使ってきた薬はグラマリールという統合失調症やうつ病に用いる薬でした。その薬のおかげで介護家族からは喜ばれ、他の医師に移られるケースはほとんどなかったと記憶しています。グラマリールは安全でよく効く薬だと思うのです。が、精神科医は「あんな水みたいな薬は効かない」と言います。その理由は、中枢神経系専門医と老年科医の扱う患者層の違いによるのです。介護家族にその事実を知ってもらわなければ、認知症の誤診と薬の誤用はこれからも続くでしょう。
医師はどうしても重症の患者さんに目が行きます。精神科医がメインにしているのは統合失調症や自殺の恐れがある大うつ病です。神経内科医はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症などの変性疾患と闘っています。


薬と違って ホルモンに対応する 薬を飲む意味についても理解できないでいると思います。